労働環境を改善していくことは、企業だけでなく国全体における課題となっており、その中でも「働き方改革」とよばれる取り組みに注目が集まっています。
安倍首相も、2016年9月に「働き方改革実現推進室」を内閣官房に設置して、働き方改革に対する取り組みを明らかにしました。
一方で、薬剤師の世界においては、働き方改革の実感はあまり無いという意見も多く、働き方改革の内容を詳しく知らない薬剤師も少なくありません。
そこでこの記事では、働き方改革の概要と要点について、薬剤師の世界における実情を交えながら解説していきます。
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この記事の目次
そもそも「働き方改革」って何?
働き方改革とは
働き方改革とは、これまで当たり前だった企業の労働環境を大幅に見なおす取り組みのことをあらわします。
現在の日本の労働環境においては、次の4つの課題があるといわれています。
- 長時間労働(残業)
- 正社員と非正規社員の格差
- 働き手の不足(高齢化、地域偏在)
- 働く方のニーズの多様化
具体的には以下の制限が定められました。
- 残業は年間720時間まで
- 月の残業時間は上限100時間
- 月の残業時間が45時間を超える月は年に6回まで
- 年間5日の有給休暇を義務化
月の残業時間が最大で100時間となっていますが、これは1日あたりに5時間残業することで超えます。毎日5時間の残業と考えると、なかなか多いような気がしますね。
有給休暇の取得も義務化され、万が一取得できなかった場合は、30万円以下の罰金を企業が支払わなければなりません。
日本の時間当たりの生産性や有給休暇の消化日数は、G7(主要先進7か国)の中でも最下位であることが知られています。
また正社員と非正規社員の間に、給与や福利厚生における格差があることも問題の一つです。
高齢化や首都一極化による働き手の不足や、育児や介護との両立など、働く方のニーズの多様化にも目を向けなくてはなりませんね。
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背景にあるのは生産年齢人口の減少
労働環境における問題はこれまでも取り沙汰されていましたが、なぜ働き方改革が盛んに叫ばれるようになったのでしょうか。
背景にあるのは、生産年齢人口とよばれる、15~64歳の人口の減少です。
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出典:日本の将来推計人口│国立社会保障・人口問題研究所
国内の労働力は、第二次ベビーブーム(1971~1974年)に生まれた「団塊ジュニア世代」が労働力として加わった、1990年代がピークでした。
それ以降は減少の一途をたどっており、2027年には7,000万人を、2051年には5,000万人を下回ることが推計されています。
これによって、今後の日本では労働力が不足することが予想されるため、「働き方改革」が必要とされているのです。
働き方改革にはどのようなものがある?
働き方改革をおこなう中で、さまざまな政策が掲げられ、実際に数多くの法案が施行されています。
最近で話題となったものとして、2019年4月に施行された「働き方改革関連法」があります。
こちらによって労働基準法が改正され、残業時間の上限規制が設けられることとなりました。
中でも、特別条項を利用した場合においても、残業時間の上限が定められたことがポイントです。
また年次有給休暇の年5日付与義務や同一労働同一賃金の施行、産業医・産業保健機能の強化なども、働き方改革の一環として注目を集めています。
薬剤師の働き方改革、課題とアプローチ方法は?
長時間労働の是正がポイント
薬剤師は女性の多い職業ということもあり、産休や育休などの制度は比較的充実しているといわれています。
もちろん企業にもよりますが、復帰後も時短社員やパートとして、家庭との両立をおこなう薬剤師も珍しくありません。
その一方で、薬剤師の働き方における問題点として、繁忙期の残業や長時間労働があります。
たとえば調剤薬局の場合では、門前医院の最後の患者さまが来局するまで薬局を閉められず、残業時間が増えがちです。
病院やドラッグストアにおいても、人手不足が原因で一人当たりの労働時間が増えることが多く、負担が集中している薬剤師もみられます。
残業に対する評価や福利厚生でカバー
薬剤師を含めた医療従事者は、患者さまに左右されやすい職業であるため、残業時間のコントロールは難しいといえます。
一般企業のように連休をしっかりと取得したりフレックスタイム制を導入することも困難で、働き方改革は容易ではありません。
薬剤師における働き方改革のアプローチ方法としては、残業に対する評価(残業代の支給)や福利厚生を充実させるということがあります。
有給休暇の取得奨励やノー残業デーの導入なども、オススメの方法です。
そのほかにも、業務フローを見直して生産性を向上させることも、働き方改革ということができますね。
職場別の薬剤師、働き方改革事例
調剤薬局
調剤薬局では、繁忙期は門前の医療機関の混雑によって残業が発生するため、シーズンによっては残業が増える傾向にあります。
ある薬局では、繁忙期はしっかりと残業代を支給した上で、患者さまの少ないシーズンに有給をしっかり取得できる制度を導入することで、従業員の労働意欲を高めることに成功しています。
ドラッグストア
ドラッグストアでは、子どもが中学校に入るまでの育児休暇など、福利厚生を充実させることによる、働き方改革を導入しています。
企業のスケールメリットによる豊富な人材を生かして時短勤務を推奨したり、機械化やAI化によって業務負担を軽減することもありますね。
病院
病院では、急性期の患者さまを多く抱えているという性質上、働き方改革はなかなか進んでいないのが現状です。
しかしプロトコルの導入や処方オーダリングシステムの効率化などによって、薬剤師の業務量を減らす取り組みがおこなわれています。
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働き方改革に逆行?抜け道を探すブラック企業
働き方改革はもちろん、労働者の働きやすさを改善するために作られた制度です。しかしどんなにルールで縛ったとしても、あの手この手を使って抜け道を探そうとするブラック企業が現れてしまうのが問題となっています。
- タイムカードを切ってから残業させる
- 有給を取らせる代わりに年間休日を減らす
- 今まで残業して片付けていた分の仕事を、自宅でさせられる
タイムカードさえ切らせれば、残業したかどうかはわかりません。数字上の勤務時間だけを装い、実際は残業代すら貰えずに働かされる企業もあると聞きます。
また有給はしっかり取れるようになったけど、年間の休日日数が減ったという声もありました。仕事を持ち帰ってこなす方もいるようです。
薬剤師が働いている業界ではほとんどこのような話は聞きませんが、このような企業もあるんですね。
働き方改革でブラック企業がなくなるのが理想ではあるものの、現状はブラック企業ほど抜け道を探しているイメージがとても強いです。
働き方改革が自社で行われているのか実感がないという方も見かけました。
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薬剤師にとってホワイトで楽な職場とは?職場環境・勤務形態・雇用条件・福利厚生など、実際に多くの職場を見てきた薬剤師が考えてみた
現在推進されている「かかりつけ薬剤師」はどうなの?
かかりつけ薬剤師制度は「働き方改革」に逆行した制度!?
今後の薬剤師に求められる役割として、「かかりつけ薬剤師制度」による服薬管理業務があります。
毎回同じ薬剤師が対応することで、継時的かつ網羅的に服用薬剤を管理できるため、患者さまにとっては大きなメリットがあるといえますね。
しかし厚生労働省が出しているかかりつけ薬剤師指導料の算定要件をよくよく確認してみると、驚くべき内容が記されています。
(2)かかりつけ薬剤師指導料 5-ウ
担当患者から24時間相談に応じる体制をとり、患者に開局時間外の連絡先
を伝え、勤務表を交付(やむを得ない場合は当該薬局の別の薬剤師でも可)
何と、かかりつけ薬剤師は24時間の対応をおこなわなくてはならず、連絡先を患者さまに伝える必要もあるのです。
働き方改革によって労働時間を抑える流れにある中で、この24時間対応は驚きの内容ですね。
実際に24時間対応をおこなっている薬剤師にインタビューしてみた
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- 薬剤師Aさん(40代男性)
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- 現在勤務している薬局では、かかりつけ薬剤師指導料を算定しており、当番で携帯電話を持つことで24時間対応をおこなっています。
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- 電話がかかってくることは3日に1回程度ですが、
薬歴を見れない状態で対応をおこなわなくてはならないため、的を射たアドバイスをおこなうことができません
- 。
たしかに薬歴が見れない状態でアドバイスをおこなうことは困難ですね。
スマートフォンやタブレット端末などで、自宅でも薬歴を閲覧できればよいのですが、個人情報の問題もあるので導入にはまだまだ時間がかかるでしょう。
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- 薬剤師Bさん(20代女性)
-
- かかりつけ薬剤師の意義は理解していますが、
連絡先を教えることには抵抗があります
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- 。現在の薬局は個人の薬局で、会社から携帯電話は支給されていません。
-
- 一人暮らしのため防犯面を考えると、
勤務表を渡すことも正直なところ不安です
- 。
とくにBさんのような独身女性の場合では、連絡先や勤務表を渡すことは、トラブルにつながる可能性が考えられます。
国レベルの政策であるかかりつけ薬剤師制度ですが、まだまだ改善の余地はありそうですね。
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- 薬剤師Cさん(30代男性)
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- 精神科で勤務しているのですが、
特定の患者さんから毎日のように電話がかかってきます
-
- 。
-
- 「薬を飲み忘れたけどどうしたらいい?」「○○(食べ物の名前)を食べようと思うけど、薬を飲んでも大丈夫?」など、同じような内容を度々聞かれるので、正直なところ困っています。
夜間や早朝にも電話がかかってくるので、24時間気が休まりません
- 。
24時間対応では、担当する患者さまによっては、Cさんのような事態が起こってしまいます。
働き方改革がすすめられる中、いくら医療従事者といえど、このような勤務状況はいかがなものなのでしょうか。
薬剤師業界に必要な働き方改革
薬剤師がもっと働きやすくなるためには、どのような施策が必要になるのでしょうか。現状の薬剤師の働き方を見て考えてみました。
勉強会や講習でやりがいを搾取しない
薬剤師といえば単位取得や自身の勉強のために、仕事終わりや休日を使って知識習得に励む方が非常に多いでしょう。
しかし勉強会や講習が薬剤師の働きやすさを下げている可能性もあります。自発的に勉強するのであれば個人の判断なので問題はありませんが、会社が強制している勉強会には問題があります。
いくら勉強のためとはいえ、強制的に休日を削って参加するのはどうなのでしょうか。実際に勉強会が多すぎてなかなか休みが取れないと嘆く薬剤師も身近にいます。
かかりつけ薬剤師の制度を考え直す
上でも触れたように、かかりつけ薬剤師には24時間対応が求められるので、負担になっている薬剤師も多いでしょう。「かかりつけ薬剤師を辞めたい」と悩んでいる方は少なくありません。
24時間対応が嫌だから、かかりつけ薬剤師をしないようにしている薬剤師も実際にいます。
時代の流れに逆行するようなこの制度は、いずれ見直されるべきではないでしょうか。
一人薬剤師の店舗を作らない
一人薬剤師の店舗も働きやすさとしてはお世辞でもよいとは言えないものです。店舗に一人しか薬剤師がいないので有給休暇が取りづらく、お昼休憩もまともに取れません。
経営上、薬剤師を一人しか置けないこともあるとは思いますが、一人で働き続けることは想像以上に大変なのです。
私の知り合いで一人薬剤師をしていた方がいたのですが、その方は「もう二度と一人薬剤師はやりたくない」と言っていました。一人薬剤師は責任が重いだけでなく、体力的にも精神的にもツライのです。
できるだけ薬剤師が負担なく働ける環境を整えたいですね。
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【コラム】マネージャーまで経験した薬剤師として、私はこう思う
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- 本稿の筆者は、調剤薬局チェーンでマネジメント業務に携わったこともあり、従業員の働き方について考える機会の多い立場にありました。
薬剤師をはじめとする医療従事者は、患者さまを第一に考えなくてはならない職業であるため、ワークライフバランスがないがしろにされてしまうこともあります。
世間では「働き方改革」によってさまざまな制度が導入されつつありますが、薬剤師における「働き方改革」はまだまだ発展途上といえるでしょう。
他の業種で導入されている「働き方改革」をそのまま当てはめることは困難であるため、薬剤師に合った「働き方改革」を発展させていく必要があるのです。
(世間ではプレミアムフライデーが導入されて金曜日に早く帰る方が増えましたが、その時間を利用して医療機関を受診する方が増え、私の薬局では金曜日の帰宅時間が遅くなってしまいました。)
その一方で、働く薬剤師の理解や同意も必要です。
不規則な勤務となることもありますが、医療従事者として働く以上は、ある程度は妥協や我慢をする必要もあるのです。
代わりに、薬局や企業には評価をして、不満なく働ける環境を整備することが求められています。
労使間でしっかりとコミュニケーションをとり、薬剤師の世界における「働き方改革」を実現してください。
まとめ
この記事では、働き方改革の概要と要点について、薬剤師の世界における実情を交えながら解説していきました。
薬剤師のように医療に携わる職種においては、一般の企業のように思い切った働き方改革をおこなうことは困難です。
しかし薬剤師には薬剤師なりの働き方改革の方法があるのです。
この記事を参考にして、ご自身の職場でも、働き方改革について話し合ってみてはいかがでしょうか。