「医薬分業」という言葉は、薬剤師としてはたらいていると必ず耳にするものです。
ほとんどの薬剤師が大まかな内容は理解していますが、導入された理由や正確な分業率まで説明することは難しいものですね。
医薬分業について詳しく知りたいと思っても、今さら聞くことはできないこともあるでしょう。
そこでこの記事では、医薬分業の歴史やメリット・デメリット、今後の展望について解説していきます。
薬局薬剤師
医薬分業とは何?歴史を振り返ってみよう
まずはじめに、医薬分業の概要や目的、分業率の推移をみていきましょう。
医薬分業とは
医薬分業とは、薬の処方と調剤を分離して、それぞれを医師・薬剤師という専門家が分担しておこなうことをあらわします。
日本では従来、院内処方によって医師から薬剤を貰うことが当たり前とされてきました。
一方で、欧米の先進諸外国では古くから医薬分業が取り入れられており、医師の診察を受けて処方せんを受け取り、薬局で薬を受け取るというシステムが導入されていました。
医薬分業には、さまざまなメリットとデメリットがあるので、後述のそれぞれの特徴をしっかりとおさえるようにしましょう。
医薬分業が取り入れられた目的
医薬分業の歴史は古く、ヨーロッパでは神聖ローマ帝国のフリードリヒⅡ世(1194~1250年)が毒殺を怖れ、主治医の処方した薬を別の者にチェックさせたことが始まりと伝えられています。
国内では1951年の「医師法、歯科医師法及び薬事法の一部を改正する法律」の制定および1956年の同法改正により、医薬分業が取り入れられました。
元々は、医師と薬剤師が薬の二重チェックをおこなうという目的でしたが、近年では年々増加する薬剤費の抑制が目的とされるようになりました。
医薬分業率の推移
医薬分業が導入された当初は薬価差益も大きく、医薬分業はほとんど普及することがありませんでした。
しかし厚生省(現厚生労働省)の薬価改定や処方料の改定により、1990年代頃から医薬分業率は大きく上昇するようになりました。
処方箋受取率の推計 「全保険(社保+国保+後期高齢者)」によると、平成30年度の処方箋受取率の推計は74.0%と、70%を超えるようになってきています。
平成29年度は72.8%でしたので、わずかではありますが今もまだ少しずつ増加しています。
都道府県ごとの医薬分業率
都道府県名 | 処方箋受取率 |
---|---|
北海道 | 81.8% |
青森県 | 84.9% |
岩手県 | 84.4% |
宮城県 | 83.0% |
秋田県 | 88.2% |
山形県 | 75.9% |
福島県 | 78.4% |
茨城県 | 77.9% |
栃木県 | 68.5% |
群馬県 | 62.6% |
埼玉県 | 78.2% |
千葉県 | 78.3% |
東京都 | 79.7% |
神奈川県 | 83.5% |
新潟県 | 83.8% |
富山県 | 62.5% |
石川県 | 64.8% |
福井県 | 52.0% |
山梨県 | 77.8% |
長野県 | 74.8% |
岐阜県 | 69.4% |
静岡県 | 76.6% |
愛知県 | 65.6% |
三重県 | 66.5% |
滋賀県 | 74.0% |
京都府 | 58.7% |
大阪府 | 63.6% |
兵庫県 | 72.4% |
奈良県 | 63.5% |
和歌山県 | 55.8% |
鳥取県 | 73.4% |
島根県 | 80.3% |
岡山県 | 65.8% |
広島県 | 73.7% |
山口県 | 76.9% |
徳島県 | 58.5% |
香川県 | 67.2% |
愛媛県 | 60.4% |
高知県 | 71.5% |
福岡県 | 76.8% |
佐賀県 | 81.9% |
長崎県 | 74.3% |
熊本県 | 69.3% |
大分県 | 75.6% |
宮崎県 | 77.4% |
鹿児島県 | 73.7% |
沖縄県 | 77.9% |
全国の医薬分業率は74.0%となっていますが、地域によっては50%台のところもまだあります。
平成30年度のデータによると、福井県で52.0%、和歌山県で55.8%、徳島県で58.5%とまだまだ低いのが現状です。
一方で医薬分業率が高い地域では秋田県で88.2%、青森県で84.9%、岩手県で84.4%となっています。
日本全体で見た場合は年々少しずつ医薬分業率が上がっているものの、都道府県ごとに見るとまだまだ浸透していない地域があることがわかります。
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医薬分業のメリット・デメリット
医薬分業には、さまざまなメリットとデメリットがあることが知られています。
ここでは、それぞれについてみていきましょう。
医薬分業のメリット
医薬分業のはさまざまなメリットがあります。ここではそのうち3つをご紹介しましょう。
①医師が診察に集中できるため効率的な医療が提供される
医師は処方せんを発行して、薬のことを薬物治療の専門家である薬剤師に任せることにより、よりいっそう診療に専念することが可能となります。
医院の在庫に左右されず、使用する薬剤を自由に選択できるため、処方の幅が広がるということもあります。
②医師と薬剤師の二重チェックを受けられる
医師の処方した内容や併用薬、サプリメントなどの飲み合わせを薬剤師が二重にチェックすることにより、より安全に薬剤を使うことが可能となります。
また処方せんを交付することによって患者さまが自身の服用する薬剤を知ることができるので、医療の透明性に貢献することもできます。
③過剰投薬を防げる
「薬九層倍(くすりくそうばい)」という言葉があるように、一昔前は医薬品の利益率は高く、医療機関が薬で利益を得るために不要な薬剤を処方することも珍しくありませんでした。
医薬分業によって薬剤師がチェック機能を果たすことにより、不要な薬剤の過剰投与を防ぐことが期待されています。
医薬分業のデメリット
医薬分業のデメリットについても、みていきましょう。
①院内処方に比べて費用が高額になる
処方せんにより薬局で薬剤を受け取る場合、院内処方に比べてかかる費用は高額になってしまいます。
薬局では患者さまのお薬の薬歴を管理したり、丁寧な服薬指導をおこなうためにコストがかかってしまうため、自己負担額にも反映されてしまうのです。
②薬剤をもらうために調剤薬局を訪れる必要がある
従来の院内処方では、医師の診察後に直接薬剤を受け取れるため、医院のみで治療が完結するというメリットがありました。
しかし医薬分業では、医療機関の受診後に調剤薬局を訪れる必要があるため、ある意味で患者さんにとっては二度手間となってしまいます。
歩くのもやっとなくらい具合が悪い患者さんや小さなお子様連れの方からすれば、院内薬局の方が良かったと思ってしまうのもムリはありません。
薬剤師の仕事が世間一般にまだ知られていない状況であるため、医薬分業のメリットを感じている患者さんはかなり少ないと思われます。
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③時間外や休日に受診すると近くの薬局が開いていない
夜遅くや日祝に医療機関を受診した場合、近くにある薬局が閉まっている可能性があります。休日当番といって休みの日や夜でも開けてくれる薬局はあるものの、必ずしも医療機関の近くにあるとは限りません。
私自身も休日当番の調剤薬局で働くことがたまにありますが、いつもは受け取らないようなさまざまな医療機関の処方せんが持ち込まれます。それだけ多くの薬局が閉まっているということですね。
近くの薬局が営業していないということは、患者さんにとってデメリットしかありません。
医薬分業の今後はどうなる?
1951年に医薬分業が導入されてから、およそ70年が経過しました。
これまでは順調にみられた医薬分業ですが、今後はどうなっていくのでしょうか。
医薬分業は失敗!?専門家の厳しい意見も
医薬分業がはじまった当初は、薬価差益など医療機関側の権益の問題により、院外処方はなかなか普及していきませんでした。
これに対して、医薬分業を普及させるために調剤薬局の「調剤基本料」を高めに設定するなどの政策誘導がおこなわれ、結果として医薬分業率は70%を超えるまでになりました。
しかしこのインセンティブにより、受けられるサービスに対して費用が高すぎるということが取り沙汰されるようになったのです。
専門家の会議などにおいては、多くの薬局・薬剤師において本来の機能をはたせておらず、医薬分業のメリットを患者さまも他職種も実感できていないのではという指摘もみられます。
多額の費用財源(直近のデータでは年額約1.7兆円の差額)を投入してすすめられてきた医薬分業ですが、ここに来てあり方を見なおすべきだと言われているのです。
医薬分業のメリットを実感できているのは少数?
厚生労働省が平成30年に発表した「薬局・薬剤師のあり方、医薬分業のあり方(その1)」には、以下のような記載があります。
処方箋受取率が70%を超えて医薬分業が進展し、医療保険では調剤医療費における技術料が年間で約1.8 兆円となっている一方で、薬局は調剤を中心とした業務を行うにとどまっており、本来の機能を果たせておらず、患者や他職種から医薬分業の意義やメリットが実感されていないとの意見がある。
厚生労働省がはっきりと「本来の機能を果たしていない」「メリットが実感されていない」と言っているのが現状です。
m3.comが行った調査では、薬剤師の約30%が医薬分業のメリットがあるかという質問に対して「どちらとも言えない」「デメリットが大きい」など答えています。
薬剤師の約3人に1人は医薬分業のメリットを実感できていないのです。
院内処方のほうが検査値や既往歴も見れますし、お薬手帳があれば医薬分業の必要がないのではとも考えられることから、「医薬分業のメリットで何だろう?」と考えてしまう薬剤師もいます。
薬剤師ですら医薬分業のメリットを実感できていない方もいることから、患者さんがメリットを実感するまでにはまだまだ時間がかかるかもしれません。
薬剤師の職能強化が強く求められる
医薬分業をより意味あるものにしていくためには、薬剤師一人ひとりが職能を高めていかなくてはなりません。
かかりつけ薬剤師としてのスキルを高めていくことはもちろんのこと、在宅医療や健康サポート業務など、外来調剤以外の役割が求められているのです。
また外来と入院での情報の連携(薬薬連携)をすすめることにより、患者の服薬情報を継続的に把握するシステムづくりをしていくことも必要です。
地域の中でこれまで以上に存在感を発揮して、必要とされる薬剤師にならなくてはならないのですね。
薬局の機能についてもターニングポイントに
今後は薬剤師としての資質だけでなく、薬局の機能も見直されようとしています。
先日厚生労働省から発表された薬機法改正案においても、薬局の機能の明確化と名称の表示について言及されました。
今回の薬機法改正案では、薬局の分類として次の2つの要件が示されました。
- 地域連携薬局・・・他医療提供施設と連携を通して、服薬情報等の一元的かつ継続的な管理を提供できる薬局
- 専門医療機関連携薬局・・・高度薬学管理機能をはたしているなどの特定の機能を持つ薬局
すべての薬局にこれらの機能を持たせることが趣旨であると考えられるので、医薬分業の展望として、今後の動向に注目するようにしましょう。
まとめ
医薬分業の歴史やメリット・デメリット、今後の展望について解説していきました。
医師が診療に専念し、薬剤師が調剤することにより、安心安全な医療を受けられることが医薬分業の最大のメリットです。
今後の地域医療において医薬分業は不可欠であり、薬剤師と薬局が大きな鍵を握ると考えられています。
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