定期的に診療報酬改定や薬機法の改正が発表される中、薬局や薬剤師に求められる役割も変化をみせています。
医薬分業を中心とした現在の医療制度下では、薬剤師と処方箋は切っても切れない関係です。
しかし、超高齢化社会の到来や国民医療費の高騰を背景に、「処方箋業務」のあり方が見直される可能性も考えられるようになりました。
この記事では、処方箋業務がなくなったり大幅に削減されたりした場合における、世の中や薬剤師に与える影響について考えていきます。
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この記事の目次
「処方箋業務」が見直されることはあるのか
多くの薬剤師がはたらく薬局や病院において、業務の中心を担うのは調剤や監査など「処方箋業務」です。
今後の環境変化により、この「処方箋業務」がなくなったり、大幅に削減されることはあるのでしょうか。
処方箋枚数は年々増加傾向にあり、現状では可能性は低い
厚生労働省の資料によると、国民全体の処方箋の枚数は年々増え続けています。
最近の調剤医療費(電算処理分)の動向 令和2年度2月号│厚生労働省
令和2年度のデータでは4月から翌2月までのデータしかないため、ここでは令和元年度のデータを見てみましょう。
令和元年度は、年間8億4,284枚の処方箋が発行されており、多くの患者さまが処方箋と引き換えに薬剤の交付を受けていることがわかります。
また、今後の超高齢化社会の到来をふまえると、複数または複雑な疾病に罹患する可能性が高まり、高度な薬学的管理を必要とする患者さまの割合は増加すると考えられます。
国民医療費の抑制は大きな課題の一つですが、「処方箋業務」が突然無くなったり削減されたりすることは、現実的ではありません。
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薬剤師をとりまく環境は年々悪化傾向に
「処方箋業務」が突然無くなる可能性はきわめて低いものの、薬剤師をとりまく環境は、年々悪化の一途をたどっています。
超高齢化社会の到来を目前にひかえ、国民医療費の抑制が課題となる日本では、国民医療費において大きなウエイトを占める「処方箋調剤」は、毎年のように見直しがおこなわれるようになりました。
また、調剤報酬による収入が減少傾向にある一方で、かかりつけ業務の推進や対人業務への移行により、人件費や設備費のコストは増大し続けています。
このまま「処方箋調剤」の単価が減少し続ければ、廃業せざる得ない薬局が増えるなど、薬剤師の雇用に影響をおよぼす可能性も想定されます。
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日本の医療制度の崩壊により、将来的には「処方箋業務」が形を変える可能性も
現在の日本の医療保険制度は、すべての国民が何らかの公的医療保険に加入し、お互いの医療費を支え合う「国民皆保険制度」です。
1958年に国民健康保険法が制定されて以来、すべての国民が平等に保険医療を受けられる体制が提供されるようになりました。
しかし、過去に類をみない超高齢化社会の到来により、日本の国民医療費の総額は、毎年1兆円を超えるペースで増え続けています。
医療費が年々増え続ける中、現役世代の人口は減少することが確実視されており、現在の仕組みのままでは、国民皆保険制度を支えることが難しくなってきているのです。
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「処方箋業務」の見直しが世の中に与える影響は?
「処方箋業務」が見直されることによって、世の中にはどのような影響があるのでしょうか。
医療制度の抜本的な見直しがおこなわれる
「処方箋業務」が消滅したり減少したりすることにより、現在の医療制度である『医薬分業』は大きく見直されると考えられます。
- 「院内調剤」などの医薬分業が導入される以前に用いられてきたシステムに回帰し、医師からお薬が直接交付される
- 一部のハイリスク薬のみ処方箋が発行され、風邪薬や慢性疾患の薬はドラッグストアや零売薬局を介して提供がおこなわれる
- 国民皆保険制度や介護保険制度、後期高齢者医療制度なども見直される
もしもの場合の話ではありますが、医薬分業が始まる前の状態に戻る可能性もあるでしょう。
零売薬局が今よりも普及し出すこともあるかもしれません。現に零売薬局は少しずつですが店舗が増えてきています。
保険制度の見直しが行われ、窓口での負担金額が変更になることも考えられますね。
薬剤師のチェック機能がはたらかず医療の質が低下する
「医薬分業」を中心とした現在の医療制度下では、医師と薬剤師がそれぞれ専門性を発揮することにより、医療の質の向上を図っています。
薬剤師の役割は、医師の処方内容を薬学的観点から評価し、薬物治療が適切におこなわれるよう、患者さまをサポートすることです。
また、ポリファーマシー(多剤併用、多剤服用)が問題になることの多い現代では、患者さまの服用する薬剤を網羅的に管理することも求められています。
「処方箋業務」が無くなってしまうと、これらのような薬剤師によるチェック機能ははたらかなくなり、医療ミスや相互作用による副作用の発生などが増加すると考えられます。
自己判断の服薬により副作用に苦しむ患者さまが増える
「処方箋業務」が減少することにより、患者さまは服薬指導を受ける機会が大きく減少すると考えられます。
これまでは「かかりつけ薬局」や「健康サポート薬局」を利用することで、気軽にお薬の相談をすることができましたが、処方箋が介在しなくなれば、自己判断で服薬しなくてはならないケースも増加します。
一包化や居宅療養管理指導などの付加サービスを受けていた患者さまにおいても、薬剤の自己管理を求められる可能性があります。
処方医に問い合わせをおこなう際にも、他の医療機関との併用については考慮してもらえないことも想定されるので、副作用に苦しむ患者さまが増えると考えられます。
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「処方箋業務」の見直しによって薬剤師をとりまく環境はどうなる?
「処方箋業務」が見直されることによって、薬剤師をとりまく環境にはどのような影響があるのでしょうか。
薬剤師の飽和により給与水準が低下する
これまで高い給与水準を維持してきた薬剤師の業界ですが、需要と供給のバランスが崩れることにより、働き口の減少や給与水準の低下がおこる可能性があります。
特に、薬剤師にとって最大の業務ともいえる「処方箋業務」が見直された場合、大幅な薬剤師余りが引きおこされることが想定されます。
現状においても、2019年4月2日に示された「調剤業務のあり方」によって、薬剤師以外のスタッフによるピッキングが認められるなど、薬剤師をとりまく環境は変わりつつあります。
加えて、超高齢化社会に向けた国民医療費の抑制や、薬剤師数が増加傾向にあることを考えると、「処方箋業務」を維持していくことは非常に重要であると考えられます。
調剤薬局からドラッグストアへ労働力が移動する
平成30年(2018年)医師・歯科医師・薬剤師統計の概況によると、平成30年12月31の時点において調剤薬局ではたらく薬剤師は、全体の6割近くを占めています。
調剤薬局は薬剤師にとって代表的な職場といえますが、調剤薬局の主な収入源は「処方箋業務」であるため、この「処方箋業務」が大幅に減少した場合、大量の薬剤師が仕事を失ってしまいかねません。
これらの薬剤師の受け皿として期待されるのは、ドラッグストアなどの処方箋に依存しない形態の業種です。
「処方箋業務」の減少により、スイッチOTCも大幅に増加する可能性も高く、活躍の場面は増えるでしょう。
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「零売薬局」などの新しい販売形態が増加する
「処方箋業務」の見直しがおこなわれたとしても、医薬品を必要とする患者さまの数が減少するわけではありません。
市場に医薬品を供給する仕組みとして、「零売薬局」などの新しい販売形態が増加する可能性もあります。
「零売薬局」は、医師の発行する処方せん無しで医療用医薬品(非処方箋医薬品に限る)を購入することのできる薬局のことをあらわしており、近年注目を集めています。
零売薬局については、こちらの記事で詳しく解説しています。
今どのようなことができるのか
万が一「処方箋業務」の見直しがおこなわれるとしても、長い時間をかけて段階的にすすめられると考えられます。
薬剤師として今後も活躍していくためには、今どのようなことができるのでしょうか。
競争に負けない薬剤師を目指そう
厚生労働省は2019年12月19日に、「2018年度医師・歯科医師・薬剤師統計(三師統計)」の結果を公表しました。
全薬剤師数は31万1289人で、前回調査時より9966人(3.3%)増加しています。
今後も薬剤師数は増加していく一方で、薬局の数は現在の半分に集約されるという可能性もささやかれています。
働き口が減っていく中で、長期的に薬剤師として活躍していくためには、他の薬剤師との競争に打ち勝つ必要があるのです。
薬剤師としてのスキルアップに力を入れよう
他の薬剤師との競争に打ち勝つためには、薬剤師としてのスキルが高水準であることが重要です。
医薬品の知識を持っていることはもちろんですが、管理薬剤師やエリアマネージャーとしてのスタッフの管理能力や売り上げの管理能力、折衝力などを身につけることも必要です。
産休・育休や時短勤務などで管理者を目指しにくい環境にある場合には、現場の薬剤師としてのスキルを高めるようにしましょう。
具体的には、下記のようなスキルを身につけることがおすすめです。
- 抗がん剤やハイリスク薬など、専門性の高い薬物治療の知識を身につける(専門医療機関連携薬局)
- かかりつけ薬剤師や在宅医療の知識を身につける(地域連携薬局)
- セルフメディケーションの知識を身につける
- 漢方薬局や零売薬局での経験を積む
まとめ
この記事では、処方箋業務がなくなったり、大幅に削減された場合における、世の中や薬剤師に与える影響について考えていきました。
超高齢化社会の到来は目前に迫っており、医療費抑制や医療制度の改革は避けては通れません。
「処方箋業務」が薬剤師にとって最大の業務であることは、多くの薬剤師が知るところですが、「処方箋業務」に依存しすぎることは危険です。
また、処方箋業務が丸ごと無くならないとしても、調剤(ピッキングや調製)や処方監査においては、機械(AIやロボット)化により削減される可能性は否定できません。
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